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日本初の「日本古典」を由来とする元号が誕生。
「令和」に込められた想いと、過去の元号との関係性とは?

日本初の「日本古典」を由来とする元号が誕生。「令和」に込められた想いと、過去の元号との関係性とは? イメージ
※写真はイメージです
国民が注目する新元号が「令和」に決まった。由来は「万葉集」にある『梅花の歌三十二首』の序文である「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かおら)す」から引用された。

新元号発表後、安倍首相は「令和には“人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ”という意味を込めた」と説明した。つまり、1200年余り前に編さんされた日本最古の歌集であり、幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められている「万葉集」を、国民文化の象徴と位置付け、本書から引用。そして、「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの国民が大きな花を咲かせる国でありたい」という願いを込めて、『梅花の歌三十二首』を選んだと考えられる。
またそれと同じく話題となっているのは、日本の元号では初となる日本古典が由来ということだ。例えば「平成」と「昭和」は世界最古となる中国の歴史書からの出典であり、また「明治」や「大正」も中国古典が由来となっている。これまで日本の元号は平成を含めて247の元号が存在したが、出典が明らかになっている元号はすべて中国古典(歴史書も含む)が由来と言われている。ではなぜ長い歴史の中で、日本の元号はすべて中国古典が由来となっているのか?
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まず大前提として元号そのものが、紀元前115年ごろの古来中国による年代の数え方であることが大きい。その後元号は日本へと伝わったが、最初に用いられた正式な元号は645年の「大化」。これは有名な645年の「大化の改新」の後に即位した中大兄皇子が、中国の制度を取り入れる形で日本独自の元号を定めたものだ。

以降日本では中国古典より元号を制定。当時の中国は日本にとって何百年先を行くお手本のような存在で、元号が中国古典に由来されるのはごく自然のことだったのだろう。また元号は基本的に「漢字二文字」だが、漢字そのものが中国発祥。元をたどれば中国の古典に行き着くのは、ある意味当然といえる。
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今回の「令和」も万葉集が由来となっているが、実は冒頭に紹介した「梅花の歌三十二首」の「初春の令月」も、もとは中国の後漢時代の文人、張衡(ちょうこう)の影響が強いという指摘もある。張衡の詩にある「仲春令月、時和気清(仲春の令月、時は和し気は清む)」を踏まえているというのだ。

そんな中国だが、元号制度は1945年に完全廃止。現在世界中でこの制度を守っているのは日本のみとなった。日本では天皇陛下の在位中に変えないことを原則とした「一世一元の制」により、天皇陛下の即位ごとに元号が変わり継承されていく。
いずれにせよ今回の新元号により、日本古典と中国古典との深い結びつきが改めて示される形となった。これもまた、元号の興味深いところかもしれない。