織田 信長『ITを活用』後編

■ITに振り回されている
社会全体の風潮

織田信長は、いまでいえば、

「産業の文化化」

を行った。いや、逆に、

「文化の産業化・経済化」

を行った。つまり、

「高度化する人間の欲望や要求を、内需にかえた」

ということである。信長の創り出した文化経済政策は後に“安土文化”と呼ばれる。もちろん、当時のことだから
「茶道」を軸にして展開した文化政策であり経済政策だった。しかし、この発想は素晴らしい。信長の部下だった豊臣秀吉が“桃山文化”として引き継ぐ。桃山文化もまた、

「茶道を中心にした内需による経済の高度成長」

をもたらした。信長のこの政策の根源は、現代的にいえば、

「ITの活用」

である。IT(インフォメーション・テクノロジー:情報技術)は、いま世界を吹きまくっている風だが、本来はITというのは、

「鬼の金棒」

でなければならない。“鬼に金棒”ではない。鬼の金棒というのは、

「ITは、鬼の振り回す金棒でなければならない」

ということである。ところが見ていると、どうも、

「金棒に振り回される鬼」

が多い。そのため、しだいにITに対する見方が近頃は厳しくなってきた。

「ITは果たして、人間や社会を幸福にするのか」

という疑問さえ起こりつつある。これは全体の風潮として、

「人間がITに振り回されている」

というところからきている。ITは必要だ。しかし、あくまでも、

「仕事の鬼としての人間が振り回す金棒」

でなければならないのだ。この辺を履き違えているような気がする。信長は、ITを正しく活用した人物だ。

イラスト

■独自のマーケティングによって
城下町に楽市・楽座を奨励

信長ほど、戦国時代で情報を重視した人物はいない。若い頃の信長は、“かぶき者・ばさら者・うつけ者・たわけ”と言われた。悪口ばかりだ。それは信長が、つねに城から出て城下町をうろつき歩いていたからである。信長が関心を
持ったのは、旅人だった。交通手段やコミュニケーション手段が未発達の時代に、信長から見た旅人は、

「情報がそのまま移動している」

あるいは、

「他国から情報を運んで来る媒体」

と見えた。だからこそ信長は、旅人に積極的に接触することによって、

「同時代人のニーズ(需要)」

をある程度知り得た。それによって、

「今の日本では、生きている人々が何を求め、どういう社会を希望しているのか」

というマーケティング(市場調査)が行えた。信長が知り得た“同時代人のニーズ”というのは、

「平和・収入・平等・正義・自己向上(生涯学習)・自己表現(パフォーマンス)」

などである。つまり、この時代にも民衆はやはり、

「自分という人間の存在意義・生きる喜び」

を求めていたことをはっきり知ったのである。一人ひとりの人間が、

「基本的人権を認めてもらいたい」

と主張しているのだ。信長はそういう社会を構築するためには、

「何よりも、この国を平和にすることが大切だ」

と、戦国時代を終わらせることに力を注いだ。信長の織田軍団の組織化・合理化・近代化・OA化などは、すべてこの、

「同時代人のニーズに応えよう」

という志の一端である。だから信長が、岐阜や安土で展開したいわゆる“楽市・楽座”は、このニーズに見事に応えている。すなわち、

●商工業者における規制の緩和

●税における優遇措置

●物流ルートの設定

●旅の自由

●よい通貨を流通させる法令の発布

●道路の整備

などは、すべて、

「平和日本における、必要なインフラストラクチャー(基盤整備)」

である。そして、

「安定した生活が送れるようになれば、人間の要望はさらに高度化し、文化を求めるようになる」

と考えた。それが信長の、

「茶道を中心にした、諸産業の振興」

であった。これが日本人の文化性を高め、さらに内需を生んで、経済効果を高めた。しかしその起点はすべて、若い頃に信長が城下町をふらついて悪口を言われながらも集めた、

「同時代人のニーズ」

であった。これが信長の、

「天下統一」

の原点である。天下統一というのは、自分の権力を増大させるということではない。

「同時代人のニーズに的確に応える」

ということだ。信長にとって、

「それが、政治家の正しい在り方なのだ」

という認識があった。この信長がなぜ明智光秀に謀反を起こされたのか、これはまた別問題である。

「事業を急ぎ過ぎて、内部管理にやや手を抜いた」

という欠陥が、そのまま信長自身に降りかかった事件だと言っていいだろう。

(終)

おだ のぶなが(1534〜1582)

安土桃山時代の武将。尾張(愛知県)の守護代織田信秀の次男。1543年、ポルトガル人によって伝えられた火縄銃にいち早く着目。長篠の戦いでは三隊の鉄砲隊を指揮し、最強の騎馬軍団と讃えられた武田軍に圧勝。
また、宣教師オルガンチノが献上した地球儀を見て、地球球体説をすぐさま理解するなど、常識にとらわれないその柔軟な思考と時代の動きに対する明敏さにより、数々の革新的な政策を生み出した。

どうもん ふゆじ

どうもん ふゆじ

昭和2年東京都生まれ。東京都庁の重要
ポストを歴任。退職後、執筆活動に入り、
主に歴史小説、エッセイを多数発表し、第
43回芥川賞候補にノミネートされる。日
本文芸家協会、日本推理作家協会会員。